大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)179号 判決 1956年4月07日
控訴人(原告) 山下直次
被控訴人(被告) 神戸税務署長
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和二五年二月六日になした控訴人の昭和二四年度所得税額の更正(但しその額は更に昭和二六年一月二四日所得金額を二八万円とし、之を基準として計算することに更正せられた)を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人代理人は控訴棄却の判決を求めた。
控訴人の事実上の陳述については、控訴人は原判決事実摘示には多数の法律上事実上の主張並抗弁の遺脱があるから、右事実摘示を援用せず、原審における訴状その他の全準備書面、上申書、各証拠説明書、全準備手続調書、全口頭弁論調書の各記載を援用すると言うのであるが、判決における事実及争点の記載は口頭弁論に於ける当事者の陳述に基き要領を摘示すれば足りるのであり而して控訴人の挙げる右各書面を精査してみると、その陳述の要領は次に掲ける陳述を附加する以外は原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。
「被控訴人は昭和二五年二月六日控訴人の昭和二四年度の所得を金四六万円と更正し、更に昭和二六年一月二四日右更正は誤があつたとして総収入を金四〇万円とし、必要経費をその三割に相当する金一二万円として所得を金二八万円と定め再度の更正をなしたのであるが、右必要経費の算出方法は個別的な経費支出の取調を一切なさないで漫然総収入の三割を必要経費として控除したのであり、之に対して控訴人は金三〇万円以上を必要経費として主張しているのであるから、右金一二万円の必要経費は所得税法第九条四によつて控訴人の全収入より控除せらるべき全必要経費であつて、その内訳即ち如何なる費目につき如何程の金額を認定したかを先づ被控訴人において主張立証する義務がある。この義務を尽さず架空な収入を認定して課税しようとする被控訴人の態度はマグナカルタ以前の税吏と同様である。然るにこの点について争があるに拘らず原裁判所は被控訴人に主張立証を促させず、証拠に依らずして必要経費を一二万円と認定した被控訴人の主張を是認したのであるから、法律の解釈、事実の認定及び立証責任の分配を誤つたものである。
被控訴人は昭和二四年の初と同年末の現在高を集計すると、予金関係において金四万一三八九円増加し、貸金関係において金二七万円減少したこと明であるが、この合計金三一万一三四九円の資産増加は同年中に控訴人に何等かの収入のあつたことを示すものに外ならぬとして、銀行予金の増加は同年度の収入による資産の増加であるとするが、逆に、年初の銀行予金が年末に減少したときは資産の減少であつて反証なき限り、減少の一部を生計費に使用したと言い得る。甲第二九号証は同第八号証と同じく控訴人の普通予金の出入を記入したもので、之に依れば昭和二四年一月一日の予金残高は金一六一円六〇銭同月一八日のそれは金五五万三四六一円で、その内五二万八三〇〇円は控訴人が昭和二三年一一月二九日、三〇日及び一二月三日神戸銀行須磨駅前支店に差入れた担保株式を売却して昭和二四年一月一八日受取つた代金の内同支店よりの借入金六七万円を弁済した残金五二万八三〇〇円を予金し、その後遂次之を引出して同年一〇月二九日には残高二二五円八銭となり、株式売却残金は皆無となつた。その後同年一一月四日金一九万六七五〇円を予入れたが、之は右支店よりの借受金二〇万円から二ケ月分の割引料を差引いた残金を予入れたものであつて、同日以後四月七日迄の同通帳の合計金一四万九九四三円の引出は之により鐘紡株の買入代金に充てたものである。而して同年一一月一四日における予金残高は六九七円五一銭であつて同年一二月末日迄変動がなかつた。かように株式売却代金による予金の引出の内金一七万円は鐘紡株の買入代金に充て、同年一一月一一日払戻の金四万五〇〇〇円は神戸銀行第三回幸運定期予金に振替え、その余は控訴人が予備的に主張する生計費の不足分に充て、一部は現金で所持した。又控訴人が妻及び長男に対しなした一ケ月金二〇〇〇円宛の支払は所得税法第一〇条第二項に所謂使用人の給料としての支払でなく、同条に該当しない特別のものである。被控訴人も原審の昭和二六年六月九日の準備手続期日において右が必要経費となることを自白したから之を援用する。要するに原審が必要経費の額を個別的に明示しないで、所得が年額二八万円を下らないと認定したのは独断である。尚被控訴人の後記主張については、営業用資産につき納税者が原価償却の申立をしないときは、税務署は職権を以て之を調査して控除すべきであり、右の調査及び控除を怠つたのは被控訴人の明白なる義務違反である。」
被控訴人代理人の事実上の陳述は「控訴人が係争年度分の必要経費として家賃相当額を計上すべしと主張するのは理由がない。事業の用に供する建物に関して認められる必要経費はその建物を他人から借受けている場合と、本件のような本人の所有物である場合とによつて異る。控訴人は弁護士業務の事務所として神戸市生田区栄町通四丁目同和海上保険株式会社の一室を借りているが、係争年度においては控訴人が右会社から無料で借りているから、この事務室については必要経費は生じない。次に控訴人の自宅は右のように別に事務所のある関係上主として居住の用に供され、弁護士の事務に供されていないから、この業務のための必要経費の生ずる余地はない尤も時には自宅で執務することもあるかも知れないが所得税法第一〇条第二項但書及び同法施行規則第一〇条の二五第一号によつて、かような家事関連経費は必要経費に算入されない」と述べたほか原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。
(証拠省略)
理由
当裁判所は控訴人の本訴請求を理由なきものとし、従て本件控訴を失当として棄却すべきものとする。その理由は次の(一)乃至(五)の判断を附加するのほか原判決の理由と同一であるから、之を引用する。
(一) 税務訴訟において所得の立証責任が税務官署の側にあることは控訴人の力説するマグナカルタの原則を持出すまでもなく当然の理である。しかしながら、それ故に直ちに控訴人の主張するように、税務官署において必要経費の明細を掲げ、之を主張立証することを要するものとの結論は必ずしも導き出されないのであつて、当裁判所も原審と同様所得の認定につき所謂直接的認定方法をとり得ない本件のような場合については、現行所得税法第四六条の二、第三項所定の間接的認定方法を、昭和二五年四月の同法改正の以前においてもとることを許されたものと解する。従つてこの認定方法による限りにおいては税務官署の側において一々必要経費の明細を掲げて之を主張立証する必要がないのであつて、この点に関する控訴人の主張は採用できない。
(二) 控訴人が神戸市生田区栄町通において弁護士業務の事務所を無償で借受けて執務していた以上、時に自宅においても執務することがあつたとしても、事務所の経費として所謂必要経費に計上すべきものはないこと被控訴人主張のとおりであつて、税務官署において職権を以て家賃相当額を調査して控除しなければならぬとの控訴人の主張は採用できない。
(三) 原審の昭和二六年六月九日の準備手続期日における被控訴人指定代理人の必要経費についての陳述は単なる法律上の見解であつて、固より自白と見るべきでない。
(四) 原判決第四一葉(記録四八六丁)裏一〇行目の「成立に争のない甲第八号証」云々以下第四二葉表四行目までの部分を削除し、この部分に次の説明を加える。
「成立に争のない甲第八号証及び同第三〇号証を綜合すれば、神戸銀行須磨駅前支店普通予金口座の昭和二四年一月二四日の貸方五二万八三〇〇円であり右はその後の予金と共に同年中に大部分が引出された模様であるが、この引出された金員の全部又は一部分が控訴人の生活費に充てられたとも充てられなかつたとも断定するに足る証拠はないのであり右引出の一事によつて、反証なき限り生活費に充てられたものと認め得ぬこと勿論である。而して先に説明したとおり所謂間接的認定の方法が許される以上、控訴人が之を生活費に充てたと主張せんとするならば、右の間接的認定に対する反証として控訴人の側で之を主張立証しなければならない。ところが控訴人は、もし裁判所において右の家計費では控訴人が生活して行けなかつた、更に多額の家計費を要したと認定せられる場合にはその不足分は必要経費中裁判所において必要経費と認められなかつた控訴人主張の金員の内から支出した、これでも尚不足であると認定せられる場合には、右五二万八三〇〇円の予金の内よりその不足分を支払つた、と予備的に主張するのみであつて、何等具体的な数字にわたる主張立証をしないのであるから、当裁判所もたとえ右引出額の一部にもせよ生活費に充てられたとは認定するこはできない。従つて控訴人の右主張も採用しない。」
(五) 原審及び当審における控訴人の全立証によるも、この判決の理由の前提となる事実認定を左右するに足りない。
以上の次第であるから、民事訴訟法第三八四条第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 朝山二郎 坂速雄 沢井種雄)